期待をするだけ無駄な「絶対に変わらない」相手から解放される方法

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絶対に変わらない人に期待をし続けるのは時間の無駄になる

20歳を過ぎた頃からは、人の性格は天変地異がなければ変わらない

多くの人は、20歳も過ぎれば性格が固定されてきます。育った環境が違う人々が何百、何千と集まる学校という場にいる時には、新しい考え方に触れて自分を変える機会もありますが、学校から解放されると、それぞれが自分にとって居心地の良い場所や、自分が所属しなくてはならない最低限の中で生きて行くことを選ぶため、変わるきっかけが無くなっていくのです。

 

誰かの小さな一言を気にして自分を変えようとする努力も、みんなに好かれる社会の一員になりたいと強く望むのも、思春期の頃だからこそできることです。その頃に、「変わることのできる自分」を少しずつ作り上げた人は、人の話を聞く人になります。

 

そうした人の話が聞ける人は、年齢が上がっても、人のアドバイスを受け入れる体制ができているため、相手の言葉に耳を傾け、自分にとって良い方向や、相手と自分にとって良い方向を選べる人になっていきます。

 

けれど、人の意見を聞く姿勢を身に付けずに大人になった人は、余程の事がない限り、性格を変えることはありません。その人にとっての天変地異のような出来事がない限り、一生その人の性格はそのまま固定されてしまいます。

 

だからこそ、大人の付き合いの中で、相手を変えようと努力したり、相手に変わってもらおうと期待しながら生きることは望む方が辛いだけで、結果が伴わないことがほとんどです。

変わるつもりのないパートナーへの言葉に効果は無い

特に夫婦関係や恋人関係に多い「相手は変わってくれる」という期待は、ほとんど叶えられることはありません。

 

一緒に住んだら、親と会ったら、結婚したら、子供ができたら、相手は自分の理想の相手になってくれるという期待は、相手自身が望むものでない限り、叶えられることはありません

 

人生をどう生きるかは、人それぞれ自由です。ただ、多くの人は、パートナーができた場合には常識的な範囲で相手に合わせる必要があることを知っています。

 

けれど、男尊女卑が当たり前の家庭環境で育った人が自然に男女平等を考えることがないように、常識の範囲は人によって異なるので、ある程度〝常識〟が同じ程度の人とパートナーになり家庭を築く方がトラブルは少なくなります。

 

性格は、学校や部活、サークル内でハブかれる、嫌な経験をするといった、辛い経験などによって変化することはありますが、育った環境や、それまでに経験したことにより身に付けた人の感覚を変えることは、かなり強い体験を必要とするため、ただ一人のアドバイスや注意によって変化することはありません

 

『言葉』は、その言葉の中にある意味を読み解こうとする人には影響を及ぼしますが、その中にある意味を知ろうとしない人にとっては、全く知らない異国の言葉を聞いているのと同じなのです。

 

耳に、何か怒っているな、とか、何か喚いているな、と届いても、その言葉の意味を考え無い人にとっては、全く効果がありません。

 

同じ言葉を2度発した時点で相手に伝わらないと感じたら、それは100回言っても通じないと思うべきです。

 

例えば、相手の将来に期待して相手のために働き、家事をして賢明に働く人がいたとして、相手は何もしないどころか浮気をしたり、暴力的な振る舞いをするという人の場合、常識的に見て明らかに不幸な目に遭わされている人に周りは同情するでしょう。

 

けれど、周囲ができるのは、同情だけです。

 

パートナーが期待に応えてくれなかった時の保障は誰もしてくれません。

 

それならば、自分のために生きるために自分の持てるエネルギーを全て使う方が、長く苦しむ必要がなくなります。もし、誰かに期待したい気持ちがあるのだとしたら、その期待の全ては「自分」に向けましょう。

 

自分になら、こうなって欲しい(例えば、幸せになって欲しい)と思い、期待することは自由ですし、期待をした方が頑張れるはずです。

 

そうして自分に期待したら、その期待を叶えるために何の努力ができるかを考えます。自分だけ努力すればどうにかなることを考えるのです。自分のしたい仕事をする、趣味を充実させるなど、自分が満足できることで、自分だけが努力すれば手に入ることはたくさんあります。

 

変わるつもりの無い相手のためにやっきになったり、尽くす時間は、後から考えてもほとんどが無駄な時間に終わります。料理や家事などであれば、スキルの向上という結果は残りますが、それまでに負う心理的な負荷を考えたら、「変わって欲しい」と思う相手で、今の相手の状態が我慢ならないのであれば、そもそも一緒にいないことを選択する方が賢明です。

認めてくれない両親、先生、上司などへの無駄な努力は心に大きく傷を残す

また、目上の人や両親といった、自分にとって認めて欲しい相手に対して努力をする事も、時に大きく自分を傷つけることになります。

 

結果がどうあれ褒めてくれる両親や、面倒見の良い先輩や上司に恵まれるということは、そう多くあるものではありません。多くの人が、親子関係や、仕事での上司との関係、先生や教授との関係性に悩むものです。

 

それは、相手が期待していることが、ハイレベルな頭脳や、文句も言わずに奴隷のように働く姿だったりと、自分に応えられることではないからという場合もありますし、そもそも何をしても褒めてはくれない、認めてはくれない相手であるという場合もあります。

 

特に、相手が自分自身の人生に不満を抱いている場合、周囲が何をしようと苛立ちを覚えるという人もいますし、相手の幸せを自分のことのように思えない人も大勢います。

 

また、相手に認めてもらうために頑張ろうとする人の多くが陥ってしまう罠に、「どうして認めてくれないの?」「こんなに頑張っているのに」と、変わらない相手を悪のように感じてしまうという事があります。このような罠に落ちてしまうと、変わらない相手への苛立ちばかり感じるようになり、頑張ることそのものより、認められないという事実にばかり囚われ、純粋に努力をすることから逃げるようになってしまいます。

 

それが勉強であれ、仕事であれ、頑張るのであれば全て自分の満足のためであるべきです。そうすれば、やるだけやったら、自分がそれだけで満足でき、自分の評価だけで幸せになれるからです。

 

不思議な事に、自分が純粋に自分のためだけにやれる限りのことをやっていると、その姿は多くの人に「素晴らしく」見えるもので、思いがけず誰かから褒めて貰えるようになります。認めて欲しい相手に認められずにもがいている人は、まずは自分が満足できる範囲の努力をするようにしましょう。

 

1日に1時間自分のために勉強した、自分が決めた目標の点数が取れた、自分が決めた目標の学校に受かった、自分が決めた仕事ができた。こんな風に、自分の目標を達成できる自分になると、満足できる瞬間が増えていきます。

 

恋人や夫婦のように、相手があっての関係の場合、経済的にも心理的にも自立している人の方が、相手に過大な期待をすることがなく、落ち着いた関係を築けるので、自分のことは自分で満足させられるようになると、激しい乾きのような何か欠けた感覚、満たされていない感覚から解放されるようになります。

思い通りの人生を歩むことは、誰かを思い通りに変えることではない

思い描く人生を歩きたい」と思う人の中には、人を変えようと必死に尽くしたり、相手に激しく求めて叱責したりするものの、結局相手が変わってくれないために落胆してしまう人がいます。

 

結婚したら相手は変わってくれる。

一生懸命努力すれば、父や母、先生や上司が認めてくれる。

大切にしていれば、大切にされるはず。

 

自分がそれ相応の努力をすれば相手が自分の思い描くように変わると考えたくなるのは、そこに、「相手に変わって欲しい」という願望でしかありません。

 

実際には、自分の思う努力によって相手が変わってくれることは、ほとんどありません。

 

どれだけ時間が経過しても、変わって欲しい相手に変化は現れず、結婚生活に絶望したり、親子関係に疲れ果てたり、会社を辞めたりと、自分が相手との関係から離れる選択をすることになりかねません。

 

相手に変わってもらうことを前提にして関係を築くことはとても危険なことです。

 

相手は決して変わらないにもかかわらず、自分は必死で相手のためにと努力を続けると、その努力によって、心身は少しずつ疲弊しつづけていきます。そして、思う通りにはならないまま、「かけた時間が無駄だった」と感じてしまう時がやってくるでしょう。

 

努力には、無駄な努力と、必ず何かの役に立つ努力があります。

 

無駄な努力とは、自分の糧にならないものです。技術が身につく、経験値が上がるといった、自分に何かを残さないものは、無駄な努力です。

 

相手の考え方ややり方を変えさせようとする場合、ひたすら不毛なやり取りや喧嘩を繰り返すことが多いでしょう。こうした努力は無駄でしかなく、結果も自分が思い描いていたものにはなりません。

 

そもそも、人を変えるという考えが生まれる背景には、人より自分が上に立っているという意識があるということにもなります。相手の変化によって叶えたい期待とは、相手を自分の都合の良いように変えようとしている行為でもあるのです。相手を変えようと思う人の中には、人より自分が上に立っているという意識を持っている場合もあります。

 

「自分の思う通りにした方が全てうまくいくのに」と思っている人は、特に危険です。

 

相手を変えようと望むこと自体が、独りよがりであったり、傲慢になっているケースでは、自分こそが相手にとってのモンスターである可能性も考える必要があります。

 

相手が手に負えないほどに自分とは違う常識を持っている人である場合には、その人を変えるより、その人とは歩まない道を選ぶ方が安全です。相手が、自分がどれだけ努力しても振り向かない場合には、振り向かせようとするのを止める方が、自由になれます。

 

人は、ある方向に走り出すと、止まらなくなってしまう場合があり、相手を変えようと毎日怒鳴っていると、いつしか怒ることに慣れて、常に怒っている自分になってしまいます。

 

持てるエネルギーは有限です。エネルギーは、なるべく自分のために使うようにすることで、無駄にせず、自分の人生のために全ての力を使うことができるようになるでしょう。

 

絶対に変わらない相手がたくさんいるということを知っておくことは、自分の大切なエネルギーを無駄に使うことを阻止する方法の一つです。相手を変えるための努力が無駄だと感じたら、もっと別の建設的な事に力を使うようにしましょう。

 

執着してしまうものは、思い切って手放してみると、案外無くても困らないものである場合が多くあります。相手に期待をし過ぎず、「相手は相手、自分は自分」と分けて、適度な距離で付き合える相手とは付き合い、距離を置く方が良い相手とは距離を置くようにして、「変わって欲しい」と願う呪縛から解放されましょう。

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