日本人が英語を話せない理由は発音を教えない教育にある

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日本人の英語の壁はしゃべることに集約されている

 

日本人の英語の壁には心理的な要因がある

 

外国人に、日本語を話せるか、と聞いてみると「話せるよ! スシ! スキヤキ! テンプラ!」と、明るい返事をもらうことができます。

 

しかし、英単語を2000語覚えている日本人に、「英語を話せますか」と聞くと、黙って首を橫に振られることになるでしょう。

 

なぜ日本人は、「英語ができない」と言うのでしょうか。

 

ここには、英語を、単なる外国語と見ているというよりは、階級差のある上級言語であるとみなしている心理があるように思います。

 

日本人の英語学習年数は長く、一定期間は英語の授業を受けているにも関わらず、英語に対するアレルギーは、ものすごいものです。

 

そこには、英語への憧れと、拒絶反応の入り交じった複雑な感情が隠れています。

 

英語の国際語としての役割

 

そもそも、なぜ英語が日本の教育に取り入れられているのかといえば、アメリカのGHQによる日本への占領があったから・・・・・・というきっかけ、が考えられますが、しかし、日本に限らず、世界各国で国際語として英語教育が盛んなことを考えれば、英語教育が定着したのは、経済大国として当然のたしなみだったから、かも知れません。

 

フランス語、英語、スペイン語、中国語、アラビア語が世界でも話される人口の多い言語になりますが、フランス語は国連の公用語であるからであり、そして他の言語は圧倒的な話者の多さからになります。これらのうちのどれかを、国の言語とは別に、第二言語として教育するのは自然なことですし、かつ、アメリカと日本の関係を考えれば、第二言語が英語であることに、全く不思議はありません。

 

イギリスで生まれて育った英語は、イギリス人を含む、欧州移民のアメリカへの移住、オーストラリア・ニュージーランドへの移住を経て、主には、イギリス、アメリカ、オーストラリア・ニュージーランド、そしてカナダで発展し、使用されていますが、国それぞれに特徴のある英語の他に、各国で、「国際英語」として、「標準英語」が教えられています。

 

ビジネスで用いる表現や、国際文化背景を理解した上で使用すべき英語について教えてくれる教育機関が、ネイティブの国であっても存在するのは、国際語としての役割を英語が担っているからです。

 

世界中の人々が英語を使う今、誰一人として英語ネイティブではないけれども、その場の共通言語が英語であるといった状況は、当たり前のようにあります。

 

つまり英語は、世界をつなぐコミュニケーションツールであり、世界を理解するための、一つの道具になっているという事です。

 

話す必要性のなさと英語特有の発音への苦手意識が壁の原因

 

どの言語でも、その言語に特徴のある発音、舌の動き、口の形があります。

 

たとえば、今では英語が公用語となりつつあるインドで話される英語は、間違いなく「英語」であり、彼らにとっての母国語は「英語」ですが、しかし、日本人が聞いて理解できるような、分かりやすい英語ではなく、独特の発音、独特のイントネーションを持っています。

 

しかし、彼らは、日本に大阪弁や京都弁、東北弁があるように、地域の差としての言葉使いの違いを持っているだけで、正しい英語を使用していますから、英語話者同士でのコミュニケーションの壁はほとんどありません。(日本人が、方言を理解できないことがあるように、方言としての英語が分からないというケースはもちろんあります)

 

しかし、こうした、後発的な英語ネイティブでなくとも、あらゆるアジアの国々の人々が英語に挑戦し、日々使用していることを考えれば、日本人ばかりが、6年かそれ以上の教育を受けても全く英語を話せないというのは、少しおかしなことのように思えます。

 

これには、生活の中で英語を必要としていないからという理由の他に、さらに、発音に対する抵抗や恥ずかしさが壁を高めています。

 

発音のための口と舌の動きを学習する機会がない

 

英語の授業で、発音記号をならっても、なぜか発音の仕方を教えてくれる授業はありません。それを教えられる先生がいないとも言われています。

 

これは、永遠に続く連鎖となりますから、日本人への発音の授業が行われることがなくなってしまいます。そもそも、英語ネイティブの国でさえ発音の授業があるというのに、英語が第二外国語である日本人が発音の授業をせずに発音できたら、これは奇跡でしかありません。

 

発音の授業というのは、耳を鍛えることとは違います。口を鍛える授業です。日本語を話していたら絶対に使わない舌や口の筋肉を使うその方法を教えてもらわなくては、英語のための口が出来上がる事はありません。

 

ネイティブと同等になる必要はそもそも全くなく、肝心なことは、通じる英語を話せるようになることです。

 

日本人の多くは、英語ができます。英語が書けますし、英語が読めます。

 

そうであれば、話すことへのハードルを下げてしまえば、ほとんどの日本人が、英語でコミュニケーションが取れるようになるということです。

 

英語が国際語であるからこそ話せるメリットは大きい

 

人によっては英語は学校で強制的に勉強させられることであり、特に使う機会も、予定もないということもあるでしょう。海外旅行にだって行くつもりはない、という場合には、英語をやる必要性はないんだ、という主張が理解できます。

 

しかしもし、これから先、英語話者が日本にやってきて、あなたに英語で商談を持ちかけたとしたらどうでしょうか。通訳がいるじゃないか、という答えもあるかも知れません。しかし、商談ができるような高度な英語表現は知らなくても、コミュニケーションが取れる相手との交渉と、通訳を介してしか会話できない人との交渉とでは、結果が変わってくる可能性は高いです。

 

または、英語は旅行でしか使わないから、指さし英会話で十分だ、という人もいるでしょう。

 

この場合、もっと深刻なケースが考えられます。

 

旅行中にトラブルに巻き込まれた時に、自分の事を英語で相手に伝えられるかによって、トラブルを回避できるかの結果に関わることもあるからです。

 

空港で、突然警備服を着た人に別室に呼ばれ、あれこれ質問されたとします。その時に、少しでも英語で自分のことを表現できるかどうかで、相手への印象は変わりますし、そもそも、自分が何を尋ねられているのかを理解できれば、不安な状況が緩和されるでしょう。

 

極端な例を上げましたが、英語が国際語である間は、英語を話せることがトラブル回避に役立つ可能性が高くなるという事です。

 

もちろん、仕事の面でのプラスは人によってはかなり大きく、ビジネス英語ができることで、商談や、活躍の場が広がることは間違いありません。

 

英語の壁を取り払うには、楽しく学ぶのが一番

 

英語話者の集まりの中で、英語が話せない場合、恥ずかしい思いや悔しい思いをすることもあります。日本人の中に、外国からやってきた日本語を勉強中の人がいても、その人も同じ思いをすることがありますし、コミュニケーションによって壁を感じるというのは、日本語話者同士でさえあるものです。

 

県民同士が集まって盛り上がっている時に、自分は他県の人間であるという状況を考えてみて下さい。ある団体の飲み会に一人外部の人が参加している状況を考えてみて下さい。共通の話題を持つ人々の中で、その話題についてのことを知らないというのは、言語を知らずに話せない状況にも似ています。

 

つまり、話題にのるには、話題を理解し、内容を知らなければならないのと同じで、やはり英語でコミュニケーションを取るには、英語を理解し、内容を知らなければならないという事です。そして、最も話題を理解し、内容を知るために、その話題を好きになることが役立つように、英語を好きになることが、学習の近道だと言えるでしょう。

 

言語学習をだらだらしても、辛く、険しく、苦しい道になるだけで、楽しく学ぶためには、海外ドラマや映画、音楽に親しんだり、パーティーに出かけてみたり、旅行をしたり、学校に通って仲間をつくったり、工夫をすることが大切になります。

 

特に、発音については、それだけでも留学して、専門の学校に行く価値があるでしょう。

(発音について、詳しく解説した姉妹サイトはこちら)

 

英語の壁は、心理の壁を築き、外国の人との関わりにも壁を隔ててしまいます。

 

今後もっとずっと先の未来に新たな言語が生まれ、共通語として誕生した時に未来の世代が同じようなことで悩まないためにも、第二言語を積極的に利用する日本人という文化をつくりあげてみても、いいのではないでしょうか。

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