資本主義と社会主義、共産主義の違いを知るとお金の仕組みが分かる

お金 経済 主義 簡単 説明 知識/教養
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不景気のせいでお給料が安くなるのに物は高くなるのはなぜか

 

お金とは何かその正体を知る

 

お金や市場について分かりやすくするために、過去に、意図的にではなく無意識に行われていたという市場実験について見てみましょう。

 

共働きの子供のいる家庭で、両親が外にデートに出かけたいと思う時、子供をどこかに預けなければいけません。

 

そこで、子供は、両親や親戚、友人に預けられることになりますが、誰かの善意を頼りに子供を預けるというのは、迷惑なのではないかと心配になり後ろめたさが出てきますから、それほど頻繁にできることではありません。

 

そこで、実在したあるコミュニティの共働きの親たちは、後ろめたい思いをすることなく子供を預けるために、お互いにベビーシッター役を交換することを思いつきました。

 

そこで、ベビーシッター券というのを発行して、子供の世話をした時には、1時間につき一枚の券を受け取るとします。(Ⅰ時間に一枚というのは仮定の話です)

 

この時のベビシッター券こそが、お金です。

 

ここで、もしあなたがこのベビーシッタークラブの一員である場合には、まず何をするでしょうか。

 

子供を預けますか? それとも、先にベビシッターをしますか?

 

まずはある程度まとまった数のベビーシッター券を手元に集めたいと思いませんか? そうすれば、希望の日に希望の時間だけ出掛けられるようになるからです。少なくとも、コミュニティに参加した人々はそう考えました。

 

すると、誰もが子供の世話をしたがりどこにも出掛けたがらないために、ベビーシッターをする機会がなくなってしまったのです。

 

ここで、誰もベビーシッターを必要としない状況、つまり、券を使う人がいなくなり、券を求める人ばかりがいる世界ができあがります。これが、働きたいのに職がないという「不況」の状態です。

 

設立したばかりのクラブは、早速解体の危機に直面します。不況で、券が使われない状況が続けば、券の価値はなくなってしまうからです。

 

ベビーシッターをしてもらいたい人が余りにもいないので、券1枚で1時間ではなく、券1枚で2時間、3時間と、券の価値が落ちていくことになりました。この状態こそが、物の価値が下がる、お金の価値がなくなっていくデフレ(デフレーション)の状態を表しています。

 

この時、景気を回復するためには、どのような手段を取れば良いのでしょうか。

 

ここで、経済政策による解決方法の一つが登場します。

 

とにかく、券を増やすことにするのです。今まで、券が手元にないから、集めようとして誰もがベビーシッターをしたがった訳ですから、券を増やして、一度みんなの手元に配るのです。すると、券があるから外出しよう、ということになり、ベビーシッターへの需要が増えていくことになります。

 

これこそが、好況の状態です。経済がうまくいっている時には、ベビーシッターをしてもらいたいという需要がどんどん増えていきます。

 

しかし、その状態は長くは続きません。券が増えれば、子供を預かって欲しい親が増えますが、しかし、今度はベビーシッターの数が足りなくなってしまうからです。一枚の券で1時間の契約だったはずが、そのうち、それじゃあ私たちは1時間当たり二枚出すから、優先してやってちょうだい、という人が現れるようになり、単価が上がっていくのです。

 

次々と、1時間当たりに対してベビーシッターをしてもらいたい人が出す券の数が増えていくようになると、1時間当たり5枚、10枚と出す券の数がどんどん増えていきます。これこそが、価値が必要以上にどんどん上がってしまう現象であり、インフレ(インフレーション)の状態となります。

 

しかし、ある所で、こうした異常なインフレというのは終焉を迎えるのです。

 

あまりにも1時間当たりに相当する券の枚数が増えると、それだけの券を出せる人がいなくなるか、他人に券を借りてまで出す人がでてくるようになります。すると、券を貸している人は、ちゃんと返してくもらえるのか不安になりますし、ベビーシッターを利用できるだけの券を持つ人がいなくなるので、需要は減っていきます。こうして、ベビーシッターの券自体に対する信用がなくなってきます。

 

例えば、ピークの時には1時間当たり100枚で取引されていたベビーシッター券が、ほんのわずかの時間に、50枚で取引、10枚で取引、1枚で取引、と減っていくのです。

 

信用がなくなった券の価値はみるみる落ち込んで、このベビーシッター券を扱うという制度自体が崩壊するか、もしくは、再び不況の状態からやり直すことになります。

 

こうした、一連の流れが、私たちが暮らす経済の世界で起こっていることです。

 

資本主義と社会主義と共産主義は何がどう違うのか

 

資本主義や社会主義、共産主義という言葉を聞くと、それだけでウゲーっとなる人もいるかも知れません。

 

しかし、これらは真の意味ではずっと単純で、とても簡単な仕組みで、どれもが、よりよい世界を求めた故に出された理想の姿です。どの主義を採用しても、それを唱えた人が言うように運用されたのであれば、素晴らしい社会が出来上がるはずなのです。

 

しかし、どの主義を採用している国でも、何かしらの欠点を抱えていたり、上手くいかないことがたくさんあるのは、それを運用する側の人間が欲望を抑えることができずに主義をねじ曲げていたり、自分の都合の良いように解釈しているからで、主義の方に問題があるということはありません。

 

資本主義とは物を奪い合うことを可能にする社会

 

資本主義を乱暴に言うと、奪い合い可能な社会です。本来、地球にある全ての物には所有権などありません。誰が、何を自分の持ち物とするかは決められていません。しかし、この主義に基づくと、人は、宣言することによって物の所有ができるようになるのです。

 

もちろん、ただ「これ俺の!」と言うだけで所有できるかと言えば、たいていはそうではありませんが、ただ、社会的な仕組みを理解した上で正しいプロセスを踏めば、所有する物を増やしていけるのです。

 

また、所有する物が多くなるほどに、既に持っている物から物を産み出すという世界ができあがります。物を貸し出せば、その利息を得ることができますし、生産手段を所有していれば、人々に物を売って、残りのお金を自分の物にできます。さらに、人を雇って、生産量を増やせば、労働に対する賃金を払っても、自分1人で生産するよりも多くのお金を稼げるようになるでしょう。

 

もっといえば、石油や金山などのように、掘れば宝が出てくる山や泉を所有している場合には、いくらでも富は増えていくことになるのです。

 

こうして、持つもの、と持たざるものの間に格差が生まれ、不平等が生じるために、否定されることも多いのが、資本主義です。

 

こう考えると、資本主義について考えたマルクスという人は酷い人なのではないかという発想も生まれそうですが、労働者と資本家という関係は、マルクスが考える以前から存在していたもので、マルクスはただ、資本を所有する人が増えていく社会を観察し、考察し、資本と労働についての考え方を示したに過ぎません。

 

労働をすることで余剰価値と呼ばれる投入した資本以上の価値が生まれることをマルクスが示したことにより、資本主義という名前が生まれ、資本家による富の独占を加速させたというのが事実です。

 

 

共産主義とは理想郷であり、実現不可能な世界

 

読んで字のごとく、共に産み出そうねという社会です。本当の意味での理想的な共産主義というのは、誰もが勤勉で、誰もが勤労であることを前提にしています。

 

ここで注意したいのが、奪い合い可能な世界である資本主義を観察・研究していた人であるマルクスこそが、この共産主義を説いたという点です。

 

みんな頑張る。そして、みんなで分け合う。それが一番だ。

 

これこそが、マルクスが長年資本主義を研究していたからこそ辿り付いた理想の世界だったのです。

 

これを成立させるには、あらゆる能力を、同じもの差しで計れるようにしなくてはならない上に、人々に、相当なモラルと倫理感を求めることになります。

 

これは、かなり高度な主義であり、人間の精神的な意味での成長が求められることになります。

 

はっきり言えば、これを実現できる日が来たとすれば、そこにはもう今の人間はいないと思います。AIなのか、もっと別の思考する物体なのか、それは人間ではない新たな生物、新たな技術を身にまとった進化した何かあって、人間ではないでしょう。

 

今いる人間が、この共産主義を体現することは到底できることではありません。

 

少しでも、欲がある限り、なまける精神がある限り、成り立たないことだからです。

 

 

社会主義とは、理想の世界までの道のりのこと

 

これは、資本主義を脱却し、共産主義に届くまでの間の道と言われています。

 

お金儲けに突っ走った人々が大きな格差を生み出す資本主義を否定する考えが生まれるようになると、人々の中には、共産主義こそが素晴らしいと考えが生まれます。確かに、理想通りにみんなが分け合い、助け合うことができれば、一番素晴らしいのですが、現実にはそれが難しいことが分かっています。

 

そこで、理想にはほど遠い共産主義に至るまでに必要な道のりのことを、社会主義と呼んだのです。

 

ここでは、生産手段は共有されることになります。企業などは国営になるということです。ただ、個人が物を持つことは自由に行うことができます。

 

ただ、こうした何かを共有するという社会には、今も残る日本の村社会に似た、デメリットが見えてきます。

 

出る杭は打たれる、という、「みんな一緒」という思考です。

 

やる気のある人、頑張れる人、発想力の豊かな人。そうした人々は、自由にいくらでもやれるところまでやってみたいと思うでしょう。

 

一方で、やる気のない人、頑張れない人、協調性を重んじる人というのは、誰かがやり過ぎたり、出来すぎてはいけないと考える一方で、あまりに出来ない人も嫌います。

 

村という共同体においては、習慣やルールから外れた行いや、一風変わった行動というのは忌み嫌われるものです。

 

なぜなら、そうした人々は、時に、共同体を壊す方向へ向かってしまうからです。

 

これは、社会主義も同じで、「頑張りたい人」が足を引っ張られることがあるのです。また、「そんなに頑張らないで」と牽制されることもあります。

 

資本主義というのは一方で、自由で、やりたいことをとことんやるという人には適した場所です。物も手に入りやすく、自由な発想で開発を進めることができるのは、資本主義ならではということになります。

 

ただし、資本主義からは、個人主義が生まれます。自分が良ければ良いという考え方です。こうした社会における欠点には、他者が簡単に見捨てられていまうという点が上げられます。協調性を重んじたり、共同体の維持を考える人々にとっては、こうした個人主義へと繋がる考え方は受け入れられないものです。

 

お金の仕組みがどう資本主義や社会主義と関係あるのか

 

ところで、こうした主義が、経済の面、つまり、お金とどんな関係を持っているのでしょうか。

 

それぞれの主義に沿った形で経済を発展させる、または維持させようとした場合には、それぞれの主義と相反しない経済政策が必要になります。

 

例えば、社会主義の世界で資本主義のように自由にお金を稼ぎ、富の蓄積ができるようになってしまっては、本末転倒となりますから、これを禁止するための政策が採られることになります。

 

現在の世界では、資本主義を採用している国々がほとんどです。

 

はじめのベビーシッターの実験で見た世界が資本主義の世界ですので、資本主義を採用している国では、お金の価値が上がったり、下がったりを繰り返すことで、経済の良い時期と、悪い時期を経験することになります。

 

お金の価値が上がりすぎたり、下がりすぎたり、経済があまりに不安定になると、突然解雇されたり、お給料が年々減ったり、それなのに、いつも買う物の値段が上がったりといった影響が現実世界に出てきます。

 

経済が一定を保って落ち着いてくれないのはなぜか

 

自分は一生懸命働いていて、10年前と変わらない働き方をしているのに、いや、むしろもっと働いているのに経済が悪くなっているのはなぜかと、本当に首を傾げてしまう人もいるでしょう。

 

一般的に、働いてお給料をもらって生きる人々にとっての経済の良し悪しというのは、給料が上がるか上がらないか、または、スーパーや百貨店で売られているものが、給料と比較して高くなったか、低くなったかで感じるものです。

 

現在は、給料が低くなってきているのに、売られている物の値段は上がるという、最も最悪なケースを経験していることになりますが、かつては、物の値段が上がっても、給料がそれを上回って上がる時代もありましたし、給料は安いけれども、それでも物はもっと安いという時代もありました。

 

ベビーシッター券の例を取ると、今、誰も券を使いたがらない状態にあります。なぜなら、使えるだけの券が、お金がないからです。すると、ますます人はお金を使わなくなり、経済は不況に陥っていきます。

 

それなら、お金を発行すれば良い、というのが、前述の解決方法でした。

 

この、お金を発行するという方法が、有名な経済学者のケインズが考えた方法です。大きな不況が訪れ、資本主義に陰りが見え始めた頃、ケインズは、国が借金をしてでも公共事業などの職業機会を増やしましょう、と提案しました。

 

外出したいから、ベビーシッターを頼むのではなく、ベビーシッターの仕事があるから、外出できる機会を持つことができるようになるという理屈です。

 

ケインズが提案した時には、この方法はとても上手く作用しました。国が一時的にお金を出してベビーシッターの仕事を用意した事で国は借金を背負いますが、それ以上にみんながベビーシッターの仕事を賢明にこなしたので、給料として受け取るベビーシッター券も増え、ベビーシッターを頼む人も増えるという好循環が生まれます。

 

しかし、この方法は、今の世界では適用できなません。

 

実は、この方法は、1度目は上手く行ったのですが、2度目に大きな失敗をしてしまいます。

 

今は、日本も、アメリカも、多くの国が財政赤字の状態にあります。つまり、国が、国民からたくさん借金をしている状態です。そんな状態で、再び借金をするとどうなるでしょうか。

 

今は、国がベビーシッター券を借金をしてまで購入している状態です。そこに、新たにベビーシッター券を発行して、一時的に券を出回らせたとしましょう。すると、券が増えたことで、再び1時間当たりの券の枚数の数が増える状態、つまり、物の価値が上がる状態になります。しかし、いくら頑張っても、借金返済のためのお金が必要なので、お給料として支払われるベビーシッター券の枚数は増えず、お金がない不況なのに、物の値段だけが上がるという現在のような状況になってしまうのです。

 

それでは、他の方法でどうにかしようということになります。

 

ここで、税金を上げようという考えが出てきます。これも、ケインズの考え方です。

 

この税金というのは、所得税や法人税のことで、基本的にはお金を持っている人からどんどんお金を取って、国の資金にしようという方法です。(消費税は上げません)

 

ここで知っておきたいことは、お金持ちほど、実はお金を使わない、という事実です。

 

もちろん、お金持ちだってお金は使っています。金額だけを見たら、普通の人よりもたくさん使っているでしょう。

 

しかし、自分が所有している富が10として、一般の人なら、そのうちの8~9割まで使ってしまうというところ、お金持ちの場合、10ある富のうち、1~2割しか使わないで、残りは、さらにお金を生む資金として保管されているのです。

 

ケインズは、この資産に対して税金を課せば、富の再分配ができると考えたのです。例えば30%の税金を課すと、その年のもうけの3割が税金として回収され、国の運営に使われ、人々に還元されることになりますよね。

 

とても良い考えだと思う人もいるでしょう。さて、この方法は採用されるでしょうか。

 

国の方針を決定する人たちの中に、富裕層や、富裕層と繋がりのある人がいなければ、この方法は早々に採用されることになると思います。

 

しかし、これは選ばれることなく、アメリカや日本では、むしろ、所得税や法人税については税金を下げる方向へと動きがシフトしていきました。

 

これが、この国を本当に動かしている人々が富裕層であることの証明とも言えるかも知れません。

 

もはやこれ以上手がないようにも思われますが、それでは、とうしたら私たちのお給料が上がり、物の値段が安くなるのでしょうか。

 

お金が使われないことで不況が加速するのは本当か

 

お金が使われないことで、不況がひどくなる、という時に、よく言われるのが、「だからみなさんお金を使いましょう」という言葉です。

 

しかし、だまされてはいけません。

 

こうした、お金を使いましょう、に応えなくてはいけないのは、蓄えるばかりで使うことのない富裕層について言えることだからです。

 

一部の富裕層は、お金をますます貯め込んでいきます。それは、これまでに見てきた通りに、貯めたお金は資本になり、さらにお金を産み出す装置となるからです。

 

こうして、資本として使われるお金ばかりが増えていくようになります。

 

資本を借りた企業が、これに応じて生産力を増やし、物をつくり、売って、もうけることができれば良いのですが、今の世界では、企業の生産力や生産性からは離れたところで、お金がお金を生み、お金が、お金を売買するという状況が生まれています。

 

お金がお金を生むからと、資本を貯めて働かない人ばかりが増えたとします。すると、働く人はわずかにしかいないのに、その人達の労働で得たお金のほとんどが、資本家のところへ流れていくようになります。

 

こうして、実体と、貨幣経済の場がどんどん乖離していくと、そのうち制度が崩壊する日がやってくるでしょう。

 

永遠のサイクルを繰り返していくのが経済

 

不況が永遠に続くことはなく、好況が永遠に続くこともありません。

 

振れ幅はさまざまで、とんでもなく良い景気の時もあれば、とんでもなく悪い景気の時もありますが、資本主義ではない時代にも、景気の良し悪しはありました。

 

元々は、流行病や自然災害などの外部的な要因によって生産する物が減り、人が減り、景気が悪いという状態が生まれていたのですが、最近では、自然災害による景気への打撃が増えてきてはいますが、こうした外部の要因だけが不況の原因ではありません。

 

経済が滞ると、結局のところ富裕層も頭を抱えることにはなりますが、しかし、比較の問題でいえば、一般的な労働者や、貧困層が最も割を食うことになります。

 

戦争など、カタストロフィと呼ばれる無秩序で、崩壊した世界が生まれてしまう原因の多くは、こうした経済の滞りによる格差の拡大からです。

 

国と国の間の格差が広がると、それが戦争に繋がることは、これまでに何度も経験してきています。これからも、格差を放置することで、いつ、争いや革命が起こってもおかしくありません。

 

国内格差については、下克上や革命のように、割を食っている人々が立ち上がり、変えていく、というのが今までの歴史の流れでした。

 

行き過ぎた格差は、必ず新たな火種を生みます。だからこそ、生かさず、殺さずのところで人をコントロールしようと考える人々も生まれるのですが、今は、何より富の集中を適切に解消する手段が必要です。

 

最も確実な方法は、莫大な富を保持している富裕層の説得になるでしょう。一生かかっても到底使い切ることのできない富を有する人を説得することができれば、国1つ救うこともできるのですから、頭を下げて、富の分配をお願いしなくてはならないのかも知れません。

 

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