『嫌われる勇気』のポイント解説:本当の幸せを手に入れる方法

嫌われる勇気 内容  人生を変える思考法
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『嫌われる勇気』は幸せになるヒントをつかむための著書

嫌われる勇気の中に秘められたアドラー心理学による3つの教え

『嫌われる勇気』を読んだことがない人でも、タイトルは知っているという事の多いこの著作は、発売以来、今でも人気著書として本屋に並べられています。

 

これは、心理学者・精神科医であるアルフレッド・アドラーの著作の心理学の中から、著者自身が考えを練り直し、人生を上向かせるためのヒントをまとめた本です。

 

アドラー自信の著作は、読んで見ると分かりますが、かなり辛辣な表現もあり、人を突き放した言い方も含まれているため、強薬であり、読める人・読めない人が分かれる本ですが、この『嫌われる勇気』は、万人に届けるために書かれた本と言えます。

 

人は変われる

世界はとても単純

誰でも幸せになれる

 

この3つのことについて、答えと実践方法を教えてくれるこの本は、哲人と青年の会話で進む小説形式の本です。読みながら、誰の心にも響くようにという工夫でこうした形式が取られたのだと思いますが、その中から、幸せをつかむためのヒントを読み解き、ここから幸せの実現にできることは何かを見つけてみましょう。

原因論の世界から抜け出して、目的論の世界へ行こう

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世の中って複雑。大変。面倒なことばっかりだよ。

それは、あなたが複雑に世界を見ているって証拠だよ。見えているものは、主観の世界だからね。

 

哲人は、人が見ているものは、自分でこうなんじゃないかと意味づけをした主観的な世界だと言います。確かに、私たちは、同じ物を見ていても、同じ感じ方をすることはありません。さらに、同じように感じていないことに怒りを感じたり、落胆したりすることすらあります。

 

そして、そのような主観でできた瞳に映る世界にいる人たちは、自分の見たいようにしか世界を見ていないと言います。

 

誰しも、一度は深い闇に思える世界へ落ちたことはあると思います。そして、そうした闇へと落ちた原因をどこかに探し求めたはずです。

 

周囲と合わせられないから、引きこもりになってしまった。でもその原因は、親が厳しく育て過ぎたからだ。

笑われる気がするから、人前で喋りたくない。だけど私が人前で喋れないのは、いじめられた過去があるからだ。

 

原因は、確かに正しいかもしれません。けれど、この著作で言おうとしているのは、その原因論では、どこへも行けないのではないか、という事です。

ほう。あなたがそうであるのには原因があったのか。・・・・・・で? 原因が分かると何か解決するのかね?

原因論の欠点は、原因を見つけたところでそれを克服する方法がないところです。そこで、目的論について目を向けてみなさい、と哲人は促します。目的論では、今ある状況は、自分が目的を持って作り出しているのだと言います。例えそれが好ましくない状況でも、です。

 

周囲と合わせられない自分を変えるのは面倒→ 外に出たくない→ 引きこもろう

自信のある自分になる努力は大変→ 人に話しかけられないようにしよう→ 人前で喋らない

 

目的論で考えると、今の自分が感じている不満や不安、避けていることは、自分自身で選び取り、自分自身で作り出していることになります。

 

本当に辛い事なのに! と思っている人にとっては、この、自分で辛い状況を選んでいるという事が、なかなか受け入れられないと思います。心のどこかで、確かに自分は逃げているのかも知れないと思っても、逃げたくなるだけの理由があるのだ、と言いたくなるはずです。

 

ですが、悲しい出来事、辛い出来事があっても、それを全て背負ったまま、何度も何度も悲しみを反芻して生きているのは、悲しみと苦痛の海の中で、ずっと溺れているようなものです。

 

出来事に対してどんな意味づけを行い、どんな効果や作用があるかを決めるのは、自分だけだとしたら、苦しみをわざわざ選び取るという行為が、自分のためにならないことが見えてきます。

 

今のままの自分でいることを良しとしている最大の要因は、たいていはそれが楽だからです。変わろうとするその時に必要な労力がない、そう感じる人は、変わるために必要なエネルギーを過大評価しているかも知れません。

対人関係の悩み以外の悩みはこの世に存在しない

うまくいかない人生の原因を取り除いても、人生がうまくいくとは限りません。お金がないから人生がうまく行かないと思っていた人が、宝くじを当てて1億円を手にしても、それで幸せになった人はほとんどいません。

 

なぜなら、人生が楽しいと思えるだけのライフスタイルをその人は手にしていなかったからです。

 

大学に行っても、結婚をしても、それ自体が自分を幸せにすることはありません。では、何が自分を幸せにしてくれるのでしょうか。

 

私たちが、孤独を感じる時、辛さを感じる時は人の集団の中でだけです。ですが、一人で生まれ、一人で生きる人がいない以上、孤独も辛さも、それで傷付く心も、排除することはできません。

 

比較をする対象があるからこそ、私たちは、比較した結果として何かを感じるのです。幸せでさえ、比較の中から生まれてきます。

 

本来、客観的な事実というのは、見たままの事実でしかありません。色が黒い人がいたら、黒いというのが事実がそこにあるだけです。そこから、黒いからかっこいいと考える人がいれば、それは、主観になります。

 

この、主観的な感覚というのは、自分が感じるものでありながら、ほとんどの場合で、もしかしたら全てが、他者との関係で作られたものです。

 

見た目の好みも、頭の良し悪しも、運動能力も、今まで生きる中で、誰かがこう言っていたから、という周囲の人間の評価をそのまま自分に当てはめて、劣っているとか、優れているといった判断をしています。

 

くせっ毛の人の場合、ある人には、「変な髪」と言われたのに、別の人には「自然にカールしてていいね」と言われたりします。

 

そこで、自分は自然にカールしてて得してるな、と、自分にとって良い方の解釈をしてしまえば、いい気分になることができます。

 

見た物、感じた物、事実としてそこにあるもの、それらから、どんな感情を引き出し、どう名前を付けるかは、自分次第だということです。

 

恋人と別れたいと感じるようになると、それまでは好きだった相手の一面が、とことん嫌になってしまうことがあります。これは、目的が「別れたい」に変わったから、別れられるような方向に物事を見るようになっているということです。

 

けれど、自分の物の見方を変え、自分が幸せになれるような物の見方をするには、どうしたら良いのでしょうか。それには、他者目線での幸せを見抜き、誰かのために生きている自分を捨て、本当に自分がしたいと思う事を選び取る必要があります

承認欲求ほど人生において邪魔なものはない

これをやれば、褒めてもらえる。ここまでできれば、みんなが尊敬してくれる。

この感覚のはじまりは、子育てにあります。

 

褒めて育てる、が定着している今、褒められないとやらない、という人が増えるだけでなく、けなされたから、特別扱いされないからやりたくないという人が増えています。

 

さらに、親の敷いたレールから外れると地獄に落ちるというイメージを植え付けられている人の場合、親の期待、他者の期待を裏切ることが、まるで悪魔の行為のように感じる人もいます。

 

誰かを意図的に傷つける行為ではなく、自分の決断によって誰かが勝手に傷付く行為に対して後ろめたさを感じるのは、承認欲求の世界で生きているからです。

 

人は誰も、他人の期待を満たすために生きていません。誰かが自分のためだけに一生を費やしてくれることはありません。

 

だからこそ、自分以外に、自分の期待を満たすために生きてくれる人もいないということになります。

 

自分にやりたい事があるのに、誰かのために我慢をする必要はありません。それが、例え誰かが傷付くとしても、それでも自分がやりたいなら、それをやるべきです。

 

ただ、その事で、誰かに嫌われたり、疎まれたりしても、それは結果として受け入れ、その事について悩まないことが大切です。

 

嫌われる勇気を持ちなさい。あなたを嫌う人があなたを嫌うのは、あなたの問題ではありません。嫌う人本人の問題です。

 

親が期待する道を行かなかったことで疎まれたり、嫌がられたりしても、それは、親自身の問題になるということです。相手の期待に沿うためだけに人生を生きようとすればするほど、自分は無くなります。そして、いつか、自分が何を望んでいるのかも分からない人間になってしまいます

 

幸せを感じるには、自分が何が欲しいのか、何が好きかを知る必要があります。そのために、失敗をしたり、挫折をするのは良いことです。そして、そのまま失敗や挫折で留まりさえしなければ、いつかは必ず前に進みます。

 

自分の課題は、自分次第で克服できる。いや、自分でしかできない。

 

自分の道を行くというのは、一番理解して欲しい人に理解されないということもあります。それは、初めのうちは心情的に辛い部分もあるでしょう。けれど、他者が自分に対して感じること、思うことは、どう足掻いても、変えられない時には変えられません。だからこそ、他者がどう思うかや感じるかは、必要以上に考えてはいけません。これを、課題の分離と呼びます。

 

自分の生き方を貫くということは、人から嫌われるということです。誰かにずっと好きでいてもらうために生きている、というのでない限り、人から嫌われるというのは、ごく自然で、当たり前で、全然驚くことでも、うろたえることでもないとしっかり自分の心に刻みましょう。

自分が本当にそこに居たいという場所を求めて生きる道を決めよう

対人関係の悩み以外に悩みがないということは、対人関係こそが人生の全てということです。

嫌いなこと、苦しいことは確かに対人関係から生まれるものの、生きる中で楽しいと感じること、やりたいと思う事、幸せを感じられることも全て、対人関係の中にしかありません。

 

だからこそ、人は、人の集団の中のどこかに自分の居場所がなければ、生きていることを楽しむこと、生きていることに幸せを見出すことはできません。これを、アドラーは共同体感覚と呼びました。

 

他人にどう見られるか、どう評価されるかばかり気にする人生は、実はとても自己中心的だと哲人は言います。結局のところ、自己評価ばかり気にしているからです。

 

他者への関心を持ち、他人に評価されなくても正しいと思うことをするべきです。そうすると、あなたは居場所を見つけられるでしょう。

 

誰かがどう思うかではなく、自分が心から人の役に立つ、誰かの役に立つと思うことをするのであれば、それは、自分に満足を与えます。評価を求めるな、とは言いますが、本当に誰かの役に立つことは、時間はかかっても必ず誰かは評価してくれます。

 

ただ、ぱっとすぐに分かるような評価を得られることは難しく、誰からも関心を持たれない日々の中で、誰かのために黙々と努力しなければならない可能性は高いです。さらに、一度評価されたとしても、そのうち誰からも関心を持たれなくなることもあるでしょう。

 

他者からの評価というのは、それは存在しても一時的なものです。だから、自分が世のために役立つ、人のために役立つと思ってやり続けられることをしなくてはならないのです。

 

例え誰も見ていなくても、自分がやりたいからやれるという気持ちになれるものをするからこそ、心の居場所ができてきます。

 

そして、その居場所はどこでも大丈夫です。この世界の存在するところなら、どこででも、自分がそうと思えば、そこが居場所です。

自立していれば、それ以上は何も背負わなくていい

自立していて、周囲と折り合いを保って生きられるのであれば、誰も、それ以上のものは背負う必要はありません。

 

人間関係には、橫の関係と、縦の関係があります。橫の関係というのは、上下関係がなく、互いに尊敬し合い、多少の距離を保っている関係です。しかし、縦の関係というのは、上から下へと向けられた強制力のある、断ち切りにくい関係です。

 

縦の関係は断ち切るべし。他者の介入を許すな。

親子関係のように、簡単に縦の関係になりやすいものは、それが「褒める」という形であれ、「怒る」という形であれ、下に見ている人間を操作しようという意志で作られています。こうした、操作しようという意図が隠れた縦の関係は対人関係でのトラブルの元になります。

 

そこで、誰もが、橫の関係になり、相手への尊敬と敬意を持つこと。誰かに影響する時には、励まし、応援する立場に留まり、介入はしないことが、よりよい人間関係のある世界をつくります。

 

人に感謝をされる時、私たちは自分が役に立ったと感じます。そして、そのことによって私たちは、自分はここにいていいんだ、と居場所を感じます。必要なのは、誰かに、心から純粋に「ありがとう」と言われるための生き方です。

誰かがやるのを待つのではなく、自分からやろう

周囲の人が、日々文句をいいながら、原因論の世界で生きていても、そこに染まっていては私たちが真に幸せを感じることはありません。上記に見たことを実践するには、まず、自分からやらなくてはいけません。

 

変えることのできない物事は受け入れよう。そして、変えることのできることは変えていく勇気を持とう。

 

誰かが私に何をしてくれるか、それを探してはいけません。私が、誰かに何をできるかを探してください。

 

時には、自分を攻撃する人もいるでしょう。けれど、その人は、70億という人口のうちのただ一人です。1/7000000000です。「みんな」が私を嫌っているというのは、思い込みでしかありません。

みんなに嫌われるというのは、それはそれで案外難しいものです。どんな人にも、好きだと思ってくれる人は存在します。

 

幸せとは、自分を本当の意味で好きになることです。

 

自分が人の役に立つと感じられた時、心がそう感じられる時、人は幸せを感じます。良い意味でも、悪い意味でも、「特別」な存在になってはいけません。それは、誰かから認められようとすることに繋がるからです。

 

もし、明日死んでも、もし、100歳まで生きていても、そのどちらでも楽しめる、そのどちらでもこうありたいと思える生き方を選びましょう。一つの目的を達成しても、人はまた、次の目的を求めて生きていきます。だからこそ、幸せを感じられるいまを生きる、を日々繋げていくことが、大切なのです。

 

いまの連続である人生の、いまを常に全力で生きる。そうすれば、常に、いま、満足できるということです。いま、に不満を感じる時間を自分に与えてはいけません。

 

人生を変えられるのは、あなただけです。

『嫌われる勇気』が人気著書として存在し続けるのは、それが迷った時の指針となるからに違いありません。よし、やるぞ、と思っても、ついつい指針を見失ってしまう、元の自分に戻ってしまうのが人です。読み返しながら、何度も奮起するためのお供として、本を手元に置いておくのも良いでしょう。限定版で今だけ金の表紙の本が出版されています。

 

 

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