平気で嘘を付いて反省しない人の正体と嘘つきから解放される方法

平気で嘘を付く人 なぜ悩み・疑問
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矛盾していても嘘を付き続ける「自己愛」が強く利己的な人間に注意

自分を守るためなら平気で嘘を付くことができる「自己愛」が強い人々

嘘を付いても平気な嘘に嘘を重ねていく人に困らされたことのある人は、嘘つきな人に対して、どうしてこんなに平然と嘘が付けるのかと怒りを感じたり、半ば呆れてしまうこともあると思います。

 

平気で嘘を付ける人の多くは、「自分中心」に世界が回れば良いと考えている人たちで、「自分を守る」ことにばかり重きを置いている人たちですが、多かれ少なかれ、誰でも人は常に「自分をどう守るか」を意識して生活しています。

 

自分の命が危険に晒されることを避けようとしたり、自分の立場を守ろうとする行動が一般的なのは、「命の危険」を減らして自分を守ろうとするのが本能的なものだからです。そのため、基本的に誰もが自己中心的な面を持っているということは特別なことではありません。

 

そもそも、自分を中心に考え、自分を愛していることを表す「自己愛」というのは、ある程度は誰もが持っていなければならないものです。自分を愛するということは、自分という人間を愛することで、それができてはじめて、「自分は何か大切なものである」と認識し、「自分を守ろう」という意志が働き、そこから発展して「自分が大事な人は自分と同じように守るべき」という、他の人間も同じように愛そうという考えが生まれるからです。

 

しかし、「自己愛」が強すぎて、他人よりも自分を優先するのが当たり前という考えになってしまうと、自分可愛さに社会的に守った方が良いルールを簡単に破るようになってしまいます

嘘を付いてお金を借りたり、借りたお金を嘘を付いて返さない

嘘の仕事の自慢をするけれど、実は定職に就いていない

借金があることなど後でトラブルになる可能性のある問題点を隠したまま結婚する

遅刻やドタキャンが当たり前で、言い訳ばかりする

「やる」と約束したことをやらない

上記のような行いは、通常であれば関わった相手を怒らせ、社会的に信用を失う行為なので、長期的な目線に立てば不利な行いです。しかし、「自己愛」が強く、自分が優先されるべきという思考に浸ってしまうようになると、長期的な計画が難しくなり、社会的な自分の立場を冷静にみる力を失ってしまうため、その場限りの嘘やごまかしで、社会的には疎まれる行動や言動を簡単にする人になっていきます。

自己愛の強い人は一時的な不和をやり過ごすために一貫性のない嘘を付ける

平気で嘘を付く人は、その場限りがうまくいけばいいと思っていたり、自分に都合の良い方に物事を運ぶことで、自分を誰かに守ってもらおうと考えている人です。平気で借金をし続けたり、衣食住の世話をし続けてもらおうと考えている人は、相手の同情を引くような作り話を簡単にすることができます。

 

相手の反応を見ながら、それっぽい嘘を付き続け、困った顔をして同情を引いてはお金を出してもらったり、お世話してもらったり、相手から与えてもらうことばかり考えています。

 

自分で頑張らず、できれば他人に頑張ってもらって、頑張っている他人に助けてもらうことを目的に生きている人は、嘘を付くことに抵抗がありません。彼らにとっては、喋っていることが嘘か本当かというのは問題ではなく、相手が自分に同情してくれるか、自分を可哀想と思ってお世話してくれるかが重要なので、話の内容に矛盾が生じたとしても、永遠に言い訳を続けることができます。

 

こうした、「平気で嘘を付く人」に、一貫性や本当のことを求めると、無駄な時間を過ごすことになります。

 

いくら「本当のことを話して」と言っても、彼らにとっては本当のことにどれだけの意味があるのかが理解できないし、自分でさえ本当が何なのかを把握していないので、「本当のこと」を話したり、「真実と違うことに対するお詫び」をすることはできません。

 

息を吐くように嘘を付ける人というのは、いつの間にか自分自身にさえ嘘を付くようになるので、真正面から向き合って自分を見ることはできなくなっているのです。

 

そのため、仮に、彼らを説得して真実を突きつけたとしても、それを受け止める器がない人たちなので、反省のしようもありません。さらに、どうにかして平気で嘘を付ける相手を言葉で追い詰めたとしても、逆ギレされたり、黙ってどこかへ消えてしまったり、真実から逃げるための対応を取られるだけです。彼らにとっては、「真実」ほど不都合なことはないのです。

「自分が絶対で自分が優先されるべき」と思うほどに嘘を付く抵抗は無くなる

社会において人は、協力しなければ生きていけません。だからこそ、ルールや法律があって、お互いがぶつかり合わないように注意しながら、助け合って生きています。仮に、お互いが協力することをやめてしまうと、それぞれが強い「自己愛」で生きるようになるので、場合によっては殺し合いさえはじまる世の中になってしまいます。

 

例えば、無人島に流されてしまった人々が、食料と資源が限られている時に「協力」できないとなると、当然殺し合いがはじまり、協力すれば、お互いに励まし合い、助け合って生き延びられる場面でさえ、ほとんどの人が助からずに死んでしまうということが起こります。(実際にそういった遭難のケースは沢山あります)

 

人は、自己愛が強過ぎる状態になると、自分ばかり優先して、他人から奪ってでも自分が生きることを優先するようになります。

 

一般的な社会生活の中で、平気で嘘を付ける人というのは、分かりやすく人から物を奪うことはしないとしても、常に自分優先に物事を考えていて、嘘が原因で結果的に他人から物を奪うことになっても、何の心の痛みも感じない人です。

 

「自分が絶対であり、常に自分が優先されるべき」

 

こういう考えを持っている人にとって、他人と分け合うとか、他人と痛みを共有するとか、長期的な目線で計画を立てて、他人との共存を図る必要性がありません。他人から奪うこと、他人に譲られることは当然だと感じているからです。

 

だからこそ、「この人は平気で嘘を付く人なのかも知れない」と疑問に思う人がいたら、「なぜ嘘を付くのか」について悩むのではなく、この人は相手のことは考えていない人だ、と認識することが大切です。

良心のある人は平気で嘘を付く人の「良いところ」を探そうとしてはいけない

良心的な心を持っている人にとっては、平気で嘘を付く人の気持ちが分からないだけでなく、嘘を付き続けることにはデメリットが多いのだから、何か深い訳があるのだろうと相手に同情してしまう場合があります。

 

可愛そうな生い立ちなのだろうと同情したり、誰にも理解されずに嘘つきになってしまったのだろうと、つい相手に甘くしてしまうという人は、騙されていることの自覚をはっきりと持つ必要があります。

 

人を悪い人間であると認識するのは、心に負荷がかかることです。自分は一生懸命他人のことを考えていて、自分の周りにもそういう人がいるという場合、世の中に悪い人がいる、それも身近にいるということを認めてしまうと、生きていく上での不安が増えてしまいます。だからこそ良心的な人ほど、「根本的に悪い人はいない」と思いたい傾向があります。

 

ですが、平気で嘘を付く人は、殺人や窃盗をするような、善悪の意味での「悪い人」ではなく、「自分中心の人」であり、自分を優先するあまりに他人にとって害ある人になっているので、「巻き込まれたらヤバい人」として認識することが大切です。

 

「相手がヤバい人間」と認識できるようになれば、対策を取ることができるようになります。近づかない、関わらないことが何より大切ですが、お金を貸しているとか、何かの契約をしているというのであれば、それを法的な手続きを用いるなどして早期に解決を図ることが重要です。

 

人は、「この人と関わるとまずい」と本気で認識できれば、問題を早く解決させようという気持ちになりますが、相手のヤバさを認識できていないと、ずるずると関係を継続させてしまうものです。だからこそ、まずは、「相手の本性を認識すること」が大切です。

平気で嘘を付く人を変えようという努力は極力しない方が良い

自己愛の強い人を変えようという努力をすることは、ほとんど無駄に終わります。

 

「相手の事も考えた方が良いよ」とか、「信頼がなくなっちゃうよ」といった、常識的な言葉が通じる相手ではないからです。

 

常識的な事が理解できているのであれば、平気で嘘を付く人は存在しません。彼らが相手が困る嘘を付くのは、「その場限り何とかなればいい」と思っているからであり、「この人がダメでも他の人に頼ればいい」と思っているからです。

 

だから、一生懸命になって相手を説得した場合、相手は、「そうだね」とか、「これからはもう絶対しない」という嘘を重ねるだけなので、説得した側が、再び相手の裏切りを知って傷つくだけです。

 

信頼というのは、積み重ねていくものです。いつも親身になってくれる相手だからこそ、信頼できると思えるようになります。

 

平気で嘘を付く人は、その全く逆側に位置する人なので、積み重ねるということができない人です。そういう相手と、長く付き合っていくことは困難です。自分の心がすり減ってしまうくらいなら、その時間を、自分が喜ぶ有意義なことに使いましょう。

「やる」と言いながらなかなかやらない相手にも自己愛の強さが隠れている

嘘とまでは言えないものの、「〇〇をやるつもり」と宣言して、いっこうにやる気配がないという人にも、注意が必要です。

 

「家事は得意だからやるよ」と言いながら、実際には全くしないとか、「〇〇するよ。約束する」といって、何も行動しないといった「やるやる詐欺」にも、自己愛が関係しています。

 

信頼を獲得するのであれば、実際に行動に移して人から評価される方が良いはずです。ですが、「本当はできるけど・・・」といいながらやらないとか、「今度やる」と先延ばしにし続けるというのは、やると宣言していることを行動に移すと自分にとって不都合なことが起こってしまうと警戒しているからです。

 

不都合なことというのは、「やれる」と宣言したのにやってみたら「できない」とか、できるけれど時間がかかって面倒だから、といったことを意味します。それなら、「やれる」なんて言わなきゃいいのに、と思うかも知れませんが、自分を素晴らしい人間だと認識して欲しいと思っていたり、自分自身が心から「自分は本当はできる人間」と信じているのも、自己愛の強さの現れなのです。

 

「いつか〇〇する」といった、嘘とまでは言えなくても不誠実な言動も、何度も繰り返されるのであれば、守られることを期待したり、相手に良心を求めることは止めましょう。結果的に裏切られ、最後には嫌な思いをする、という繰り返しになるからです。

 

嘘を何とも思わない相手と付き合う必要のある時には、お金の貸し借りや、約束事であれば法的な拘束力を持つ契約書を交わす他、相手の言っていることをはじめから信用しない姿勢が大切です。既に何度も裏切られたと感じる相手は、信じないことで、裏切られると感じることを無くすことも大切です。

 

平気で嘘を付く人間にとって、自分のためにお金や時間を使ってくれる都合の良い相手は、なるべく長く都合の良い相手として側にいて欲しいと思っています。そのため、「本当にごめんね」と心底反省している振りをしながら、良心的な人の隣に居続けようとします。自分をすり減らす前に、相手の本性を認識し、自分にとっていかにデメリットな相手かということを納得して、離れるようにしましょう。

 

相手が家族などで、すぐには離れることができないという場合や、相手にどうしても変わって欲しいという場合には、自分が将来的にどうしたいかを決定することが大切です。いつかは離れたいと思ったら、離れる準備を少しずつして、相手の嘘には耳を傾けないようにしていきましょう。どうしても相手と一緒にいて相手が変わるのを信じたいという場合には、カウンセラーなどの手を借りながら、相手が自分をしっかりと認識できるようになるための場を整え、長い目で見守る姿勢が必要です。

 

自己愛の強い相手にとって、「本当の自分」を知ることは、苦痛でしかありません。だからこそ、できない自分、頑張っていない自分を突きつけられると、逃げ出したくてますます嘘を付くということにもなりかねません。ただ、まだ若い人や、やり直しのできる状況にある人であれば、自分の本当の実力を知って挫折をすることで、自分と向き合える可能性もあります。そのためにも、突き放される経験も大切なので、相手を想うのであれば、助けるばかりではなく、突き放して自立を促すようにすることも大切です。

 

防衛反応としての嘘は、自分を守るためのものです。子供の頃や思春期には、長期的な目線に立てずに嘘を付いてしまったという経験をしたことがある人は多いと思います。しかし、嘘を付いても長期的に見て損だということを学んで、嘘を付いてごまかすことを止めたはずです。つまり、平気で嘘を付く人は、その、子供の頃の視点から抜け出せないままの人ということもできます。

 

自分の実力を知り、努力することで能力を伸ばす必要性、その楽しさを実感できるのであれば、嘘から卒業することもできるはずです。ただ、年齢や、環境によってはそこからの脱却は相当難しいので、自己犠牲を伴ってでも相手を変えたいというのでなければ、上手に相手から離れることをおすすめします。嘘に騙されることなく、冷静に判断し、自分のためにならない相手とは距離を取るようにしましょう。