同調圧力が苦手な人、先生や上司に意見が言えない人が自分を楽にする方法

同調圧力 苦手 対処 対人関係
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同調圧力や権力に従い過ぎると、生きる気力や判断力を失う危険がある

人は同調の集団心理がはたらくと、間違いをを指摘できなくなる

正解を()の中から選んで下さい。   3+4= ?   (5、7、13)

上記のような、明らかに何が正解か分かる問題を見せられた時、自分一人だけが回答者であった場合に間違う人はほとんどいません。

 

ただ、これがもし、いつも一緒に過ごす仲良しのメンバー4人と同じ部屋で、正解のパネルを指指すように言われた場合に、他の3人が13を指していたら、どうしますか?

自分は正解が7だと思っていても、途端に不安になるはずです。

 

仲間の誰もが13を指しているとしたら、これは何か特別な意味のある問題で、単純な足し算ではないのかも知れないと疑いませんか? 実は答えは13という有名な問題なのかも知れない、と不安になり、他のメンバーと同じ数字である13を指で示す人もいるでしょう。

 

また、これが大人数で行われた場合で、自分以外の誰もが13を指していたら、自分だけが7と答えたら「笑われるかも知れない」と、正解であるにも関わらず不安になるでしょう。

 

この同調の集団心理はあらゆる場所で発生しますが、最悪な場合には集団暴行や、戦争、いじめなどを引き起こすこともある、危険な心理状態でもあります

 

同調の心理がどんな時に起こりやすいかというと、それが仲間うちや、同じ地域の人といった、共通のものがある集団に所属している場合です。例えば、海外に留学をしていて、現地のパーティーで地元の人たちにしか分からないジョークを聞かされたら笑えないということもあるでしょう。けれど、それで不安になったり、落ち込むことはほとんどありません。笑えなかったとしても、「文化の違いだな。これがジョークなのかあ」で済ませられると思います。

 

しかし、同じ様な状況が同じ地元の、生活区域を共有している共同体の中で行われたお祭りであった場合、笑えないジョーク、つまらない冗談だとしても、分かったふりをして愛想笑いをしませんか?

 

あまりにも戸惑った顔や、分からないといった顔をすると「面倒になる」と考え、愛想笑いで対応するはずです。

 

集団の中で浮いた人間だと思われると損だと感じる場合には、多少のズレや、合わない意見にも同調するのが集団生活を行う人間の心理です。こうした心理には、役に立つプラス面もあります。状況に合わせておくことで仲間が早く情報を届けてくれるので、危険やトラブルを避けることができる場合があるからです。

 

心理的に負荷になるほど自分の心に嘘をつくのは危険ですが、一般的には集団の中で上手く暮らせる範囲において適度に相手に合わせておく、集団に合わせておくことは得策です。

 

これは、権力や権威に対しても同じ事で、偉い立場にある「偉そう」な人は、普通の人が行使できる権力より多くの権力を持っていて、彼らに逆らった場合に処罰される、不利な立場に置かれるといった可能性があるので、適当に合わせることは処世術として理にかなっていると言えます。

 

偉い人間に合わせて嫌われないように振る舞うことで、重要な情報をいち早く知ることができたり、自分に対して便宜を図ってもらうことができるからです。

 

しかし、こうした同調は、いざという時にかえって不利になる場合がある他、心にもない同調を続けることで精神を病んでしまう場合があります。

集団に対する同調や、偉そうな人に合わせる行為は自己判断能力を失わせる

集団でパニックが起こると冷静な判断ができなくなり、明らかに間違った方向へ突き進むことがあります。冷静で、個人で判断する人が多ければ多数決では必ず却下されたはずの案が、集団心理がはたらくことで通ってしまうと、集団の中での暴行や、戦争などが正当化されてしまいます。

 

火事のような有事の際にも、他者の意見に振り回されていると冷静な判断ができずに、火事の中心に向かって走ってしまったり、自分で決められないことで出遅れてしまいあらゆるチャンスを逃してしまうこともあるでしょう。

 

また、自己決定ができないために、周りがやるから自分もやる、を繰り返していると、自分が何をしているのかをよく分からないまま、周囲に合わせていたせいで犯罪に手を染めてしまったり、いじめの加害者になっているということもあります。

 

相手の意見を尊重するのではなく、自分の意見が無くなるというのは危険なことです。全てを人に合わせる必要も、全て人に反抗する必要もありませんが、同調するかどうかを自分の意志で決定するように注意しなければ、いざという時には簡単に利用される人間になってしまうかも知れません。

 

しかし、間違っていることを、間違っていると指摘することは勇気がいる場合もあります。99%の人が正しいと言っていることを否定した場合、最悪死刑になることもあるからです。

 

ただ、実際の生活の場ではそこまで極端なケースはなく、集団や仲間内で気まずい思いをするか、上司や先生に嫌われるといった程度で済む範囲であることがほとんどです。

 

しかしそれでも、嫌われたくない、人と違うと思われたくないと、同調してしまったり偉い人に逆らえなくなるのは、自分の中にある自分や、他者への固定的なイメージが拭えないからです。

ステレオタイプのイメージ像を捨てることができると、自己主張しやすくなる

いっそのこと、全くの異文化の世界であれば、「自分の国ではこうします」「私はこれは苦手です」といった自己主張がしやすいという人もいるでしょう。これは、相手に求められているステレオタイプな自分像へのプレッシャーがないからです。

 

ほとんどの人は、役割を演じて生きています。意識しないまでも、人々は、集団の中でのリーダー的な役割、サポート的な役割、和ませるための役割、笑いを取る役割などを察知し、自分のできる範囲と、求められる範囲で適当なところに落ち着いてパフォーマンスをしながら生きています。

 

やり過ぎてしまえば疲れる役割を演じるという行為も、適度な範囲ではかえって生きやすいものです。自宅で、1人で部屋にこもっている時のような自由さで外で生活をする方が恥ずかしいという人もいるでしょう。このように、ある程度の役割であれば、与えられている方がかえって過ごしやすい場合もあります。

 

人は、求められる像に近づこうとする性質があります。そのため、リーダー気質と思われている人は、自分自身がそれをより意識して、人に命令をすることに慣れていきやすく、場合によっては見下すことや支配することを当たり前と思うようになっていきます。

 

反対に、相手の指示を聞いて動く役割を持っている人は、従うことに慣れ、反抗する気力が低下していきます。

 

適切な範囲で役割を持つ限りでは、人間関係を円滑にしますが、こうあるべき、というキャラクター設定や固定的なイメージは、度を超えると必ず害になります。

 

偉そうな振る舞いになれた権力やお金を持った人が、人道に外れた行いや、人を人と思わない扱いを家族や仲間にしたとしてもある程度許容されてしまうことがあるのは、「この人はこういう人だ」と、早い段階から相手の役割を周りが受け容れていることが要因の1つである場合もあります。

 

お金のある人や権力のある人の傍にいることで得をすることもあるからこそ、こうした影響力のある人々は自分を変えるきっかけを失ってしまうのですが、演劇のように、場の設定を作っているのは周囲の人々であるということも知っておくと、場を変えることで相手を変えるか、相手をその場から追い出すことができることに気づくでしょう。

周りに合わせてしまう、偉そうな人には逆らえないと感じる人は、役割を捨てよう

合わせることに慣れてしまうことで有事の際に逃げ遅れてしまったり、知らないうちに事件や事故の加害者になってしまうということを知ると、そうはなりたくないと思うのではないでしょうか。

 

自分で物を選べるようになるには、「〇〇さんが言っているから」「〇〇さんがこうしていたから」といった、誰かの言動や行動に合わせるのではなく、「例えみんながAを選んでいても、私はB」という風に物事選ぶ必要があります。たとえばそれが結果的には多数派であっても、その意見を決めた理由が多数派だったから、ではなく、自分がそう思ったからという自分を作らなくてはなりません。

 

基本的には、自分が本当に思っている意見というのはは、思っていても口に出す必要はありません。これを発言したら、絶対に不利になると分かっている場で、あえて反抗しなければならない必要はありません。喋らないという選択肢もあるからです。

 

しかし、最初の時点で反抗しなかったばかりに、後になって引き返せないほど遠くまで行ってしまうということもあります。だからこそ、これは何があってお反抗しなくては、反対意見を言わなくてはというポイントを見極められるよう、自分が反対意見を言ったらどうなるかというシミュレーションする力も必要です。

 

意見を通したい場合、それが少数派の意見だと分かっているのならば特に、上手に意見を通さなければいけません。「私はこう思う! こっちの方が正しいに決まっている!」と強く主張すれば、周りに距離を置かれるのは当然です。

 

「こういった意見もあると思う。少し検討してみて下さい」と言い、相手にとってメリットになる点をまとめて提案したり、個別に提案したり、それがなぜ良いのかという資料を配ったりと、自分の意見が通りやすい土台をつくることは、少数派である時こそ大切です。

 

また、常に偉ぶっている人や、命令する事に慣れている人に対して異なる意見を主張する場合には、自分を助けてくれる正しい味方をつけたり、話が通じない相手であれば説得するより距離を置くといった、相手に役割を演じさせないための場づくりをしましょう。

 

上手く自分の意見が言えない、偉そうな相手に利用されやすいと悩んでいる人の中には、そのままの環境では自分を変えるのが難しいという場合もあるでしょう。そんな時には、同じ環境ではなく、新しい環境に移動して新しい役割を演じられるようにしても良いですし、仕事や学校などの場が変えられない場合には、趣味や何かの活動などで新しい場をつくり、そこでだけは別の役割の自分を演じるようにしてみると、だんだんと新しい自分が今の自分になっていき、必要な時には意見が言える自分になれるでしょう。

 

少なくとも、同調する集団心理や、役割を演じる性質が人にはあると知っておくことで、心の中だけでも、「これが同調圧力か」「ああこれは役割か」と、物事を冷静に見れるようになるはずです。

 

自分が置かれている環境を冷静に見ることができると、「ここは従っておく方が得だな」「ここで喧嘩しても意味がないな」「ここはしっかりと自分を主張しないとまずい」といったポイントが見つけられるようになるでしょう。

 

自分が演じさせられている役割があり、それが自分にとって有害だと思っている場合には、少しずつ、少しずつ新しい自分を周りの中に浸透させて、楽に生きられるように、有事の際には自分の意志で動けるように訓練しましょう。

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