つまらない人生を劇的に面白くする思考法

面白い 人生 つまらない 人生を変える思考法
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誰かや何かのために生かされる人生は面白くない

人生がつまらないのは仮面を被って生きているから

仕事場で、家庭で、自分ではない何かとして生きていると感じる人は、人生の目的を間違えているかも知れません。

高給取りになっても、恋人や家族ができても、人に自慢できるような役職に就いても、どこか違うと感じている人は、人生の目的を間違えていることを証明しています。

富や名声や愛を手に入れようと必死になってもがいている人は、例えそれを手に入れたとしても、富や名声や愛それ自体が幸せをもたらすものではないということに気付く必要があります。

 

現代人の多くは、仮装をして、仮面を被り毎日家から仕事へ向かっているはずです。

スーツに袖を通せば、表情が変わる人もいるでしょう。

多くの職業では、この人の役割が社会の中でどんなものかを周りに知らせるために、制服を着用します。

 

外行きの顔を意識して作っている人もいるはずです。

さらに、スーツや制服で仮装をした人の多くが、化粧や整髪剤、眼鏡やコンタクトレンズ、マスクを身につけ、外行きのための仮面も被ります。

多くの人が、「自分ではない何か」として人生を生きるための仮装をする理由は何でしょうか?

 

それは、愛や成功や富といった、他者から評価されるための何かを得るには、仮面を被って生きることが必要だと思っているからです。

 

周りがそうしているからと歩調を合わせることも、そうすることで幸せになれたり、安全をもたらしたり、少なくとも自分にとっての良いものが手に入ると思うからこそ、そうした努力をしているはずです。

 

けれど、そうやって努力をして得たお金や名声や愛が、自分が思い描いていたような幸せや安心をもたらしてはくれなかったと嘆いている人もいるはずです。

 

名声による喜びは、一瞬で終わりを告げてしまいます。

お金による幸せは、形だけのものであることがほとんどです。

愛による安心感や幸せは、得ようと思って得られるものではありません。

 

自分がどんなに尽くしても、手に入らない愛があり、自分がどんなに努力しても、手に入らない名声があり、自分がどんなに苦労しても、望むお金が手に入らないことがあります。

 

仮面を被った生き方は、確かに時には富や愛や名声をもたらすでしょう。しかしこれは継続力がなく、奪われやすく、さらに、場合によっては何も生まないだけでなく、不幸の温床にすらなってしまうこともあります。

 

幸せになりたい人、人生を面白くしたい人は、愛や成功や富みというものが、それを目的とするものではなく、結果的にくっついてくる付加的なものであることを理解する必要があります。

 

では、何を人生の目的とすれば良いのかと言えば、自分を育てること、自分を追求することのためだけに生きることを目的にするべきです。

周りの目を気にして生きるほどに人生はつまらなくなる

他者の存在を取り払い、この世界に与えられた技術や道具を使って自由に何かをしていいと言われた時、本当はこんな事をしたい、こんな夢を叶えたいという思いはありませんか?

 

心からの幸せと満足を得るための、面白い人生を送るための前提として、自分が心からしたいことをして生きるということが第一条件になります。

 

誰かに思わされているやりたいことではなく、とにかく自分が、他の誰かがいなくたって、これだけはやりたいんだ、やり遂げたいんだということを目的にすることが大切になります。

 

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確かに、好きなことをやって生きられるのなら、楽しいかも知れない。けど、そうも行かないんだよな。世間の目もあるし、お金も必要だし。

 

そう思う人もいるでしょう。

 

こうした、自分のやりたいことで自己実現のために生きるという方法は、特に日本のような世間の目を気にする社会では難しくなるだけでなく、成功してお金持ちになるなど、他者にとって分かりやすい形で地位や名誉を付加的に得るまでは、うとまれやすくなります。

 

あの人、全然他人に合わせられない、我慢がきかない人でね。他者を自分にとっての邪魔者だと思っているみたい。

 

あなたが、周囲の人にとって利益になると思う範囲に入らない限り、周りは文句を言い続けるかも知れません。

 

けれど、そうした文句を言う人々が、あなたの人生を保障して、安心させてくれたり、幸せにしてくれたり、面白くしてくれることはありません。

 

他者に従って生きても、自分で選んで生きても、最後は自己責任だと言われて人生がつまらないのを自分のせいにされてしまいます。

それならば最初から、自分の責任で、自己実現のために生きた方が、面白く、楽しい人生を送れるはずです。

人生がつまらないのは失敗の数が少なすぎるから

失敗しない人生を送りたい。恥をかきたくないし、できれば早い段階で成功して、後は楽な人生を送りたいな~。

 

今までの教育体系や、人類という大きな枠ぐみの中での思考は、欠点を克服することにばかりフォーカスしてきました。

 

できない事があると恥ずかしい、できる事が多い方が良く、なるべく失敗がない方が安全で良い人生だと思わされてきたのですが、それが、実際にその通りであったかは証明されていません。

 

この、欠点を克服するという考えや、できる人こそ素晴らしいという考え方には、他人に自分を選んでもらうという前提条件があります

 

就職でも、結婚でも、選ぶのは自分ではなく、他者の側だという考えが根っこにあると、欠点がない方が良い、失敗は少ない方が良いという考えが生まれます。

 

しかし実際は、成功者の多くが、失敗は成功の元であるという考えや、失敗はそもそも存在しておらず、成功までの道筋でしかないという考えを持っています。

 

そもそも、欠点を克服するために人生があるのではなく、長所を伸ばすために人生があり、その過程で付随的に欠点が克服されることもあると考えるべきなのです。

 

成功者たちのマインドには、自己実現のためにどれだけ失敗を積もうと構わない、失敗は、成功のために必要なサンプルだったという、自己実現を目的とした人生の作り方があります。

 

むしろ、こうした、自分で自分に責任を持つという生き方の上では、失敗を怖れて何もしない、安全な道ばかりを選ぶことはリスクになります。

 

人生には、突然変化が訪れることがあります。どれだけ安全に道を進んでいても、急に落とし穴に嵌まってしまう可能性は排除できません。

 

うわー!!! 落ちた-! ここからどうやって抜け出せばいいんだ!? 失敗したことないから分からない!

 

いざという時に失敗を乗り越える方法も知らず、責任の取り方も知らない人間は、むしろ、安全志向が高い生き方から生まれてきます。

 

失敗の数だけ、発見がある。それが、失敗を成功へと結びつけることのできる人の思考です。落ち込んでも良いし、反省しても良いですが、失敗したことの意味付けが終わった時点で、すぐに次の挑戦を始めることが重要です。失敗したままで終わりにしては、確かに、失敗した人生になってしまうからです。

 

こう考えると、自分というのは、どんな人でも、自己実現を可能にするための可能性の塊であるという事が見えてきます。

この思考法は、自分で責任を持ち、自分で動くからこその大変さはあります。しかし、自己実現のための苦労は、好きなことをするという苦労です。そのため、人生の大半の時間を費やす苦労が、そもそも楽しいことになり、さらに、それが報われた時の喜びは、純然たる心からの喜びとなるのです。

大前提として、他人は違う生き物だという事を受け入れる

自分が自己実現のために生きていく上での大切な考え方の1つが、他人は全く異なる生物であると思うことです。

 

物事に対して、たった1つの正解はなく、正解はいくつもあり、物の見方や考え方によって、どれも正しくなるという非合理的な考え方を身につける必要があります

 

あれもこれも正解かも知れない。でも、自分はこれを選ぼう。

 

こうした、非合理的な思考は、他者を受け入れるという寛容さを生み出し、かつ、誰もが成長し、力を付けて良いという環境を作り出します。

 

誰もが平等になろうとすると、なぜか、物事の質は落ちていきます。

これは、能力を平らに揃えようとしてしまうからです。能力をフラットに、横並びにしようとすると、どうしても、能力のある人の力を削らなければいけません。

 

しかし、自己実現が可能な世界では、それぞれが、出来ることや得意なことを好きに伸ばして良い世界で、自己実現のために必要なのは、自分と、道具や技術だけです。

 

時には、チームを組むこともあるでしょうが、これも創っては解散して良く、ずっと誰かと繋がっていなければいけないという縛りはありません。

 

自分の行為に自分で責任を持ち、他者に強要することも、されることもない社会では、自然と1人1人の能力は高くなっていきます。

 

これは、誰かのために生きることを使命とする場合も同じです。

 

金銭的な見返りや、愛情という名の、プレゼントや愛の言葉といった形ある愛の表現や、役職などの名声を求めないで誰かのために尽くし、自分にだけ分かる満足できる結果を追い求めることができるのであれば、誰かのためや、何かのために尽くすのも自己実現のための人生です。

 

しかし、誰かのためというのが、不特定多数や流動的な人々である場合には問題はないのですが、ある特定の個人のためになってしまうと、見返りの問題や、相手の心への負荷の問題が発生するため、その点には注意が必要です。

 

今の世界は、ゼロサムゲームのように、有限な資源を誰かが持つと、誰かが持てなくなるという社会に偏りがちです。さらに、我慢をすることが美徳とされ、自分を犠牲にすることが大切のように説かれることもあります。

 

夢追い人と言われる人の人生はよく、失敗だらけの、自分の事しか考えていない人生と言われますが、しかし、本質は全く違います。

 

夢を語る人のほとんどの人が秘めている夢や希望、自己実現のための目的というのは、たいてい誰かの為に尽くしたいという想いを原動力にしています。

 

夢を届けたいからエンターテイナーになりたい人も、社会に役立つものを届けたいと起業を目指す人も、世界をより良くしたいと環境活動に専念する人も、最初は夢追い人と言われます。

 

しかしそんな彼らが追い求めるものは、社会や人類のためになることです。

 

成功するまでの過程はそれなりに苦しくても、しかし楽しさや満足感があり、さらに、成功すれば自分も周りもハッピーになるのであれば、自己実現のために生きる人が増えた方が、世界はより幸せに、平和になります。

 

つまり、夢追い人の人生というのは、自分という存在が持つエネルギーを全て注ぎ込んだ、成功へのヒントに満ちた、本当に幸せな人をつくるための面白い人生なのです。

 

この世界でなら苦労をしても良い。とことん頑張りたい。そう思える何かがあるのであれば、迷わずに努力をして、失敗を積み重ねてみると良いでしょう。

失敗の積み重ねだけが、成功への道筋へのヒントを運んできてくれます

今すぐに、手を動かす、足を動かす、口を動かす、という具体的な行動に出てみましょう。その一歩が、つまらない人生を劇的に面白く、かつ、悩んでいる暇もないほどに忙しくしてくれるはずです。

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